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糖尿病聴診記

何とも
お恥ずかしい話

甲斐 之泰 かい ゆきひろ

貝山仁済会 貝山中央病院 内科
(宮城県)

 糖尿病患者さんとはつき合いが長くなります。彼女とも五十歳半ばから20年。「具合どう? 変わりはない。今月も良いね」「がんばってるよ。またね」一人暮らしの愉快なおばさんでした。でもある時からHbA1cが上がりだしました。「どうしたの?」と聞いても「いろいろあって食べた。がんばる」の繰り返し。ストレスを心配し「困りごとでもあるの?」と聞くと、「実は兄嫁が財産をよこせと毎晩来る。通帳よこせって」「兄貴に言えば」「こないだ死んだの」。その後は毎回兄嫁の強情さ、横暴を訴えます。薬を増やしても効果なし。「インスリンだね」「絶対に嫌」。でも一向に改善しません。そんなある日、「昨日も兄嫁とけんか?」「そう。しつこい。死んだはずなのに」「ナニ? 死んだのは兄貴でしょ」「兄貴は5年前。こないだ死んだのは兄嫁。でも毎晩来るから寺に行って確かめた。
そしたらちゃんと埋めたっていうの」「チョット待て。変じゃないか。変だろう!」「ウン、変だと思う」。一緒に来る友達に「彼女、変わったことはない?」と聞くと「何にも。今月もダメだから怒られる。でもインスリンは嫌だって」「兄嫁が死んだって?」「2年前ね」。びっくりしました。彼女を説得し精神科へ。案の定進んだアルツハイマー。甥に連絡すると彼女の家は散らかり放題で薬はほとんど手付かず状態。それでも医者や友人との慣れた日常会話は普通にできたのでしょう。施設入所で私とのつき合いも終わりました。「死んだはずなのに」の一言、患者さんとの長いつき合いで陥りがちな「診療の慣れ」の怖さを思い知らせてくれました。