Home>バックナンバー>2016冬号TOP>施設紹介レポート

 負担感情を持つ患者に対して、医療者はどう接すればよいのだろうか。「つらい、苦しい、みじめなど、負のエネルギーは、われわれが想像する以上に厄介です。そのような患者さんの思いをじっと聴き、受け止めていく。『受容、共感、傾聴』することで、患者さんの気持ちが楽になるような働きかけを行っています」
 奥口内科では、初診から3回目までは同じ看護師が療養指導を担当する。3度話を聴けば、患者の考えもわかり、共感、傾聴により患者も変わってくる。
 そこで通院中断率を、担当看護師別に調査した 。最も中断率の高い患者の担当看護師Aは、患者に対し、指示的で権威的な関わりをしていた。看護師BとCは、糖尿病療養指導士で、糖尿病について高い知識を持っている。だが、同じ資格保有者でも、10%以上の差があることに注目したい。そして、最も中断率の低い患者の担当看護師Dは、20代前半の準看護師である。知識や経験はあまりないが、それだけに患者の話を一生懸命に聴いていた。療養支援に必要なのは、決して知識や経験だけではないことがうかがえる。

 なぜ患者はウソを付くのか。奥口先生は、「患者の多くは医師を恐れている」と指摘する。面談の際、医療者はつい、「どうして食べたんですか」「運動できないのはなぜですか」など患者を詰問してしまいがちだ。そのような権威的な態度は患者を委縮させ、結果、医師の前で本音を話せなくなってしまう。その典型が、「食べた、食べていない」論だという。
 「わかっているのにできない、自分はダメな患者だ、みじめだ」と落ち込み、さらなる負の連鎖に陥ってしまう。療養への意欲低下にもつながりやすく、通院中断の原因にもなる。
 「私は絶対、患者さんを責めません。外来で、『先生、今月はいっぱい食べて、太っちゃった。HbA1cもこんなに上がっちゃった』と言うときでも、叱らないでほめます。カルテを開いて、『体重もHbA1cも、初診時よりは、今の方がずっといいじゃない』など、良いところを探します。糖尿病患者さんに必要なのは、『楽しく食べて、楽しく生きること』だと思います。徹底的にストイックな生活をして、長生きしたいという人はそれでもいいのですが、大半の人はそうではないですよね。患者さんが抱いている『悪い』という気持ちを、必ず『良い』方に持っていって帰す。事あるごとに、そう対応するようにしています」

 医師の主導で引っ張っていく従来型の「パターナリズム」から、選ぶ権利は患者にあり、医師は情報を提供する「インフォームドコンセント」への変換が叫ばれて久しい。奥口内科の患者指導は、まさに「患者をほめて伸ばす」典型といえる。「今日は混んでいるから、次の診察日にしようではダメなんです。患者の吐き出したい気持ちを、その日のうちに聴いてあげる。診察時間は長くなってしまいますが、やはり糖尿病診療は、医師と患者が話をしなければいけない」
 奥口先生はさらに苦言を呈する。「多くの場合、医師のほうが患者さんに対して心を閉ざしている。糖尿病の患者さんは、食事や治療法について、いろいろ勉強されているし、情報を知っています。ときに、医師より詳しい方もいる。患者さんに聞かれても、答えられないから、聞くな、しゃべるなとバリアを張ってしまう。医師からもっとざっくばらんに、『あんたに教えてもらえて、俺助かったわ』くらいでいいと思う。医師のほうがもっとオープンマインドになって、患者さんと話すべきだと思います」
 糖尿病療養指導には、患者背景や心理の理解が欠かせない。会話から治療の糸口が見えることも多い。「私たちは特別なことは何もしていない。ただ、患者さんの話を一生懸命聴き、受容し、共感しているだけです」
 先生と話すと元気が出る、また来月もあの看護師さんに会いたい。毎月の診察が楽しみになるような、そんな糖尿病診療であれば、患者も自ずと医師の治療方針に理解を示してくれるはずだ。

1)石井均、糖尿病ケアの知恵袋「良き治療同盟を目指して」医学書院2004