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糖尿病聴診記

「医師であること
―静かな死から―」

竹尾 浩紀 たけお ひろき

たけおクリニック院長
(東京都)

 あなたが医師であることを確かに知っている人は誰なのでしょうか。家族や大学の同級生を除けば、証明できる人は少ないと思います。私自身、実際に医師免許を目にしたことはほとんどありません。研修医時代を含め、厚生労働省、自衛隊の隊長、イスラエル・シリアでの国連活動・・・どこに行っても医師免許を確かめられたことはありません。
 やはり、私を「医師」にしてくれているのは患者さんです。確かめさえせず「先生」と呼んでくれます。患者さんの言葉が、医師として生きるよう私を強く律し、導いてくれているのです。
 お世話になった病院を異動しなければならなくなったとき、患者さんのそばで、変わらず専門性を求めたいと思い、開業医となることにしました。
 開業して知ったことのひとつに「孤独死」があります。
 「孤独死」は、あたかも突然死か、誰かに連絡したくともできずに亡くなってしまった方と思われています。本当にそうでしょうか。世間ではシルバーデモクラシーへの批判、高齢者の医療費の高騰についての報道があふれています。高齢者自身がそれを知らないはずはありません。
 「あの大病院の先生の言うことはよくわからん」と言いながらも通われていた高齢患者さん。示された治療方針を正しく、そして確かに理解される力もおありで、私やスタッフの話をよく聞いてくださいました。しかし、ある日突然、患者さんは孤独に旅立たれました。最後の苦しみが本当に一瞬であったことを望みます。ただ、「俺はもういいんだよ」と手にすることができる位置にあった受話器を上げなかった可能性を否定することが、どうしてもできませんでした。
 だから、われわれは在宅医療に乗り出すことにしました。今までと変わらず専門性高く、患者さんが「先生」と呼んでくれるかぎり。